アネット (2021):映画短評
アネット (2021)ライター5人の平均評価: 3.8
圧倒的な“違和感”を愉しむ
「息すらも止めて、ご覧ください」という煽り気味の影アナから、軽快なサウンドとともにキャストやスパークスがスタジオを飛び出し、夜の街を闊歩する至福なオープニング。とはいえ、ミュージカル<ロック・オペラといえる本作の魅力は、歌唱シーンや人形などの圧倒的な“違和感”。多幸感から一転、欲望に溺れ、堕ちていく様は、レオス・カラックス監督からの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』への回答ともいえ、『ローズマリーの赤ちゃん』がキーワードに、「まだまだ若い奴には負けねぇ!」とムリしてる感は否めず。中弛みもあるため、体感時間はそれなりにあるが、まだまだな伸びしろがあるアダム・ドライバーに驚かされる。
ボーイミーツガールという名の“悪夢”は続く
まず驚いたのは、カラックスが本作を愛娘に捧げていること。悪い父親の物語を、よくもまあ……と最初は思ったが、カラックス作品に息づく少年性を思えば腑に落ちる。
ボーイミーツガールから始まる男目線の恋物語は愛憎劇へと変化し、悪意に彩られていく。親になるも心に余裕を持てなくなる父親。そこに愛と狂気、死のイメージが絡み付くのがカラックスらしい。
ドラマ自体はヘビーだが、軽やかでユーモアさえ感じさせるのは、原案を提供したスパークスによる音楽のおかげ。彼らが送って来た劇中曲を娘が気に入ったことで、カラックスは製作を決意したという。大人になれない大人の話にアートを見出した意欲作。
ミュージカルが心ざわめく闇の世界として迫ってくる
『マリッジ・ストーリー』で披露した意外な歌唱力のA・ドライバーに、ピアフ役でオスカー獲ったM・コティヤールなので、その歌声は味わい深い。何ヶ所かで流れるメインのナンバーは脳内でリフレインする。
ミュージカルとしての後味は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の記憶と重なるが、本作は終盤、胸がざわめく時間が長く、観ながら心の整理がつかない状態が続く。これはこれで新鮮。
主人公がスタンダップコメディアンなのだが、そのステージがあんまり笑えなかったりして、基本設定がきっちりしてたら、カラックスの自由で華麗な飛躍についていけたかも。異次元の体験を受け止める余裕があれば、大傑作と化す可能性も秘めている。
スパークス x レオス・カラックスの奇妙なミュージカル
スパークス、人形、という個人的好物が2つも重要モチーフになっているのに、どう向き合ったらいいのか考えさせられる、奇妙なミュージカル映画。なのだが、レオス・カラックス監督が「スパークスと出会ったのは14歳の頃で、ジャケットが気に入って盗んだ『プロパガンダ』と次の『インディスクリート』は自分の人生の一部になった」と語るのを聞いて何か感じるところがあるなら、この映画は見た方がいい。アダム・ドライヴァー演じるスタンダップ・コメディアンのイメージを掴むためには、ボー・バーナムのステージをネットフリックス等で見ておくのもよさそう。副読本としてドキュメンタリー映画『スパークス・ブラザース』がお薦め。
「変な映画」の領域すら拡張していく
『ポンヌフの恋人』の前、『汚れた血』からミュージカル的爆発力を示してきたレオス・カラックスが、スパークス版『トミー』とでも呼ぶべきロックオペラを撮った。ブリュノ・デュモン『ジャネット』を超えるほど奇妙&破格な形で――。かつてドニ・ラヴァンが体現した道化性を、作家映画の伝道師の如くアダム・ドライヴァーが受け継ぎスター映画の風格も付与する。
ベリーショートの頭髪で登場するマリオン・コティヤールはジーン・セバーグに見えたが、『ローズマリーの赤ちゃん』のミア・ファローかと思い直す。悪魔的な『ピノキオ』の中にコロナ、#MeTooにトキシックマスキュリニティなど「現在の主題」を詰め込んだ貪欲さにも驚嘆!