ハッチング-孵化- (2022):映画短評
ハッチング-孵化- (2022)ライター5人の平均評価: 4
新人女性監督による優れたホラースリラー
柔らかな陽が差し込む、パステルカラーのリビングルーム。「ステップフォード・ワイフ」のような、どこか不自然さを感じさせるその幸せな家族の情景は、一羽の鳥が舞い込んできたことで、本当の姿を露呈していくことになる。恐ろしいモンスターを生み出したのは、完璧主義で自己愛に満ちた母親。強烈なインパクトを持つあの結末は、最高の選択だ。心理スリラーだが、おとぎ話のようでもあり、しかも残虐さもしっかりあるこの映画を書き下ろしたのが新人の女性監督というのも、興味深い。ホラーには優れた女性の演技が過去にもたくさんあったが、今作のシーリ・ソラリンナとソフィア・ヘイッキラも実にすばらしい。
痛ましすぎる「怒りのメタファー」
ヒロインの背骨が浮き出るレオタード姿をとらえた冒頭に異様さを感じたと思いきや、すぐに一見平和な家庭のイビツさが浮き彫りに。ただならぬ映画であることが察せられる、見事なオープニング。
つくり自体はホラーで、孵化した怪物はヒロインのストレスの象徴のよう。『ザ・ブルード/怒りのメタファー』を連想させつつも、主人公がまだ反抗期にもいたらない12歳の少女であることを思うと、痛ましさが先立つ。
母親による精神的ネグレクトはもちろん、怪物の容姿がどんどんヒロインに接近していくビジュアル的な不気味さも心をかき乱す。北欧のヒンヤリした空気も生きた、最後まで目が離せない高濃度スリラー。
抑圧された少女と秘密の卵が呼応する
まるでドールハウスのような世界で、見せかけの生活を送っているヒロインの少女・ティンヤと毒母。『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』を思い起こさせる関係性でありつつ、ヨルゴス・ランティモス監督作ぽさを感じる不穏な雰囲気やユーモア、いかにも北欧なシンプルな色彩のセットや美術が映える。意外と早く秘密の卵が孵化する展開には驚きだが、そのキモカワイイ物体「アッリ」がCGではなく、アニマトロニクスで撮影されていることに、フィンランド出身の新鋭監督のこだわり(変態性)を感じる。ただ、同じ“これまで抑圧されてきた少女の目覚め”を描いた『TITANE/チタン』のインパクトには欠ける。
少女の背骨が奇妙な生物のように見える
予告編にもある、レオタードを着て体操する少女の背骨が、何か別の奇妙な生物のように見える映像が印象的。明るい水色に大きなピンク色の花が描かれた壁紙。透き通るような白い肌に金色の長い髪。まだ胸にほとんど膨らみのない少女。それらが織りなす色彩と形が、少女というものの純粋さ、非現実性、ごくわずかな異物が混入してしまったら崩壊するしかない危うい均衡を象徴する。
母から強要された完璧な世界で暮らす少女が、誰も本当は自分のことを気にかけているわけではないことを知り、ひとりで泣きながら密かに温めた卵から、とんでもないものが生まれてしまう。そんな普遍的物語を描く、北欧の明るい色彩と冷たい光が美しい。
この卵から生まれるのは? 北欧ホラーは裏切らない
ここ数年、日本で公開される北欧にまつわる作品は、どれも異次元レベルで心をザワザワさせるが、フィンランドの本作も期待以上。少女の背骨をとらえた冒頭から、その先の怪しさ極まる世界を暗示してテンション上がる。
森で見つけたカラスと思われる卵が、少女の生活を激変させる物語は、奇怪で時に生々しすぎるビジュアルと、一見、美しく平和な家族の風景を対比させながら、取り返しのつかないショッキングな結末への予感をキープ。スリルと日常のメリハリも絶妙。卵から孵化するのは何のメタファーか? そこには母と娘の複雑な関係が透けてくるが、そんな裏読みも本作は快感に変えていく。
北欧のインテリアを愛でるだけでも観る価値十分。