FLEE フリー (2021):映画短評
FLEE フリー (2021)ライター6人の平均評価: 4.5
他人には言えない秘密を抱えた者の孤独と哀しみ
これは映画の表現手法として非常に興味深い試みである。内戦に揺れる祖国アフガニスタンを家族と共に幼くして逃れ、文字通り地獄そのものの逃亡生活を経験した末、たったひとりでデンマークまで辿り着いた青年。その過酷な半生を本人の証言で振り返りつつ、難民にして同性愛者という二重の社会的ハンデを背負った彼の孤独や哀しみを描く本作は、非常にセンシティブな題材を扱っているため、本人の肉声インタビューや再現ドラマを全てアニメで処理している。これならプライバシーにも配慮が行き届くし、実写では生々しすぎるシーンも説得力を失うことなく受け止められる。他人には言えない秘密を抱えた者の心理に肉薄した映画としても秀逸。
アイデンティティを持てない、混乱の世界を生きる
アカデミー賞で国際長編映画賞・長編ドキュメンタリー賞・長編アニメーション賞の3部門にノミネート。今まではあり得なかったそれを可能にしたのが、まず本作の革新的な点。
主人公アミンの半生は、アフガンからロシア、さらに北欧へと逃げ続けることによって築かれる。実名も顔も出せない。だからこそのアニメーション。
何より重いのが、国を転々としてアイデンティティを失い、それを再生していく人がいるという事実。ゲイであることを含めて、嘘をつかなければ生きていけなかった――安定した日本人にはビンとこないかもしれない。しかし、このひとりの人間がたどった物語は、世界の構造を実写以上に生々しく伝える。力作!
強烈に心に残る、ある男性の告白
近年で最も心に残る映画のひとつ。移民問題という、普段ニュースで目にするなんとなく遠い事柄が、本人が長年の友人に親密な告白をするという形で語られていく。そこで出てくるのは、あまりにも不合理で、壮絶で、非人間的な体験の数々。ボートに乗ってロシアを脱出した移民たちが助けを求めるのを、通りかかったクルーズ船の客が好奇の目で見て写真を撮ったりするシーンなど、胸が張り裂けそうになる。本人のプライバシーを守る意味もあって使われたアニメーションという手段は、ひとりの人間のストーリーとして引き込んでいく上で効果的。時折挿入される当時のニュース映像が、これは本当に起きたことなのだと観客に思い出させる。
JCVDが教えてくれたもの
『チェチェンへようこそ』同様、自身がゲイであることを知られてはならない状況に置かれた主人公・アミンの心の旅路。ロシアでは現在のウクライナで起きている出来事とリンクする描写もあり、観ていていたたまれなくもなるが、注目すべきは少年時代のアイドルであり、ガチなタイプでもあったジャン=クロード・ヴァン・ダムの存在。安住の地を求める不屈の精神は、JCVDから学んだのかもしれない。身バレを考慮した異色のドキュメンタリーとしては評価できるが、過酷な現実を描いたアニメとしては『ブレッドウィナー』『FUNANフナン』『トゥルー・ノース』などと比べ、後発感は否めず。インパクトも弱めといったところ。
アニメによるドキュメンタリーという新領域
アニメーションという手法を使ったドキュメンタリー。アニメで描かれているのは、登場する人々が、移民の際の特殊な経緯などのため、素顔を出すのが難しい状況にあるからでもあるが、彼らの体験が撮影することが不可能なものだからでもある。
だが、この手法を使った結果、別の効果が生まれる。アニメで描くことにより、今ここで起きていることと、彼らが語るかつて別の場所で起きたことが、同じタッチの映像で表現されて、同等のリアリティ、同等の重さを持って迫ってくるのだ。彼らの語る体験の中には、具体的な形には出来ず、象徴的な色と形でしか表現できないものもあり、それらもアニメだから可能な形で映像化されている。
アニメでしか描けなかった“真実”。そこに深すぎる感動の理由が
アフガニスタン難民の主人公アミンが横たわって静かに回想する。祖国脱出の壮絶な記憶が、シンプルな2Dアニメによって時代や国を超えて普遍的な輝きを灯す。そもそも重要な少年時代は、実写では逆に作り物感が充満する危険もあり、アニメだからこそ真実に迫ることができたと感じる。その意味でドキュメンタリーの極点。衝撃を緩和するアニメ表現の変化、実写挿入も的確。
脱出の中継地モスクワでの生活は現在のロシアの状況を重ねずにはいられず、こうして作り手が予期しなかった反応が起こるのも傑作の証明か。
ゲイとしての主人公の自己にも真摯に向き合い、中でも一生忘れない“出会い”のエピソード、その慈しむような描写に心打たれる。