アラビアンナイト 三千年の願い (2022):映画短評
アラビアンナイト 三千年の願い (2022)ライター6人の平均評価: 3.8
“物語る”……その意味を求めて
ヒロインと魔人、ほぼふたりの会話劇。舞台は屋内。設定こそミニマムだが、彼らが“物語る”ストーリーはイマジネーションを広く、大きく刺激する。
魔人が語る古代や中世ペルシャのビジュアルは絵本のようなカラフルさで、室内の閉鎖的な空気を突き抜け、ヒロインの愛の渇望は情熱をほとばしらせる。
台詞がしばし観念的になるのは仕方ないが、人はなぜ物語るのか?を考えさせるという点で興味深い。言葉ではなく肉体で描いた『マッドマックス 怒りのデス・ロード』とは対極にある、G・ミラー監督のまた別の到達点。演技派ふたりのかけあいも味。
世界中の物語には我々を救う力がある
孤独と空想を愛する物語論研究者の女性が、古都イスタンブールの骨董品店で小瓶を手に入れたところ、その中から3つの願いを叶えてくれる魔人が登場。今のままで十分幸せ、願い事なんて何もないわ。そう思っていたヒロインだが、魔人の語る3000年間の数奇な逸話を聞いていくうち、自分でも思いもよらない願いが芽生えていく。ジョージ・ミラー監督による物語についての物語。それが真実なのか虚構なのか、はたまたその両方なのかを問わず、世の中には人間が一生をかけても経験できないほど無数の物語に溢れている。そうした物語が、ある時は人々の孤独を慰め、ある時は知恵を与え、ある時は愛で満たしてくれる。我々には物語が必要なのだ。
災厄も分断も「物語」の力で乗り越えられる
物語論研究者で「おひとりさま」の女性が、3000年のほとんどを孤独に過ごしていたジン(魔神)とめぐりあい、ある「願い」を口にする。絢爛豪華なSFXファンタジーを想像すると、ちょっと驚くような優しくて大人っぽい作品。主人公の設定からも明らかなように、これは「物語」についての物語であり、孤独と愛についての物語でもある。世界を貫く物語の主人公は自分であり、それはある種の情熱がないと得られないものだと教えてくれる。コロナ禍の只中で撮られた作品とあって、さまざまな災厄や分断も物語の力で乗り越えられるのではないかという語り手の願いが込められているように感じた。
知的でロマンチック。深いことを問いかけてくる
ロマンチックなファンタジー。だが、語られることはとても深い。「神話、お話とは昔の人が知っていたもので、科学とは人間が今の段階で知っていること」という映画のはじめに出てくるせりふから、すでに心をとらえられた。ほかにも、本当に何かを望むとはどういうことか、また、愛とは、などということを問いかけてくる。主役のふたりをティルダ・スウィントンとイドリス・エルバという、ありきたりでない(そしてもちろん演技が抜群に上手い人同士の)組み合わせにしたことで、知的なニュアンスが増した。「マッドマックス」「ベイブ」「ハッピー フィート」、そしてこの映画を作ったジョージ・ミラーの幅の広さに改めて感心。
古代アラビアの極彩色も華麗な、物語についての物語
まず物語についての物語。冒頭から、物語論学者であるヒロインがなぜ幼少期から物語を必要としたのかが語られ、「アラビアン・ナイト」のシェヘラザードの故事を下敷きに、彼女は壺から出てきた魔人に物語を語らせ、その物語はみな絢爛豪華な古代アラビアの意匠と極彩色に彩られている。魔人が語る物語はみな愛についての物語で、その外側にヒロインの想いが描かれ、映画全体が愛についての物語にもなっている。この2つの物語がリンクするところが本作の核心だろう。
そして映画の外側で、こういう物語を描きたいと思った監督が『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の監督でもあるということが、物語というものの力を強く感じさせる。
ファンタジーの達人としてのジョージ・ミラー
『マッドマックス』シリーズの監督として語られがちなジョージ・ミラーですが、そのキャリアを見ると実は良質な”大人のファンタジー”の作り手でもあることがわかります。本作もまたそんな彼の素養を大きく感じることがでる一品。W主演でイドリス・エルバとティルダ・スウィントというファンタジーな世界に説得力を持たせることができる二人を捕まえてこれたことも大きいでしょう。次回作でまた『マッドマックス』の世界に戻るそうですが、その前にこの映画が見られることでジョージ・ミラーの振り幅の広さを堪能することできます。