ノマドランド (2020):映画短評
ノマドランド (2020)ライター10人の平均評価: 4.8
「The America」映画にして、NEW「ニューシネマ」
まるで「70年代のヴィム・ヴェンダースが旅をしながら『ファイブ・イージー・ピーセス』(70)を撮った」ような。いや、それではクロエ・ジャオ監督に失礼か。越境の連続であった自らの経験をベースに、映画を通して“ノマド的思考”を大胆に実践しているのだから。
開幕してすぐ、「路上に生きること」を決めた主人公が車を走らせつつクリスマスキャロル「御使いうたいて」を口ずさむ。これはもしかして、かつて同じ旋律の「グリーンスリーブス」を歌った『西部開拓史』(62)のデビー・レイノルズの役柄、すなわち“フロンティアスピリット”の持ち主の末裔でもあるのでは……な〜んて、色んな連想妄想も止めどなく広がる豊かな映画!
on the roadに生きる孤高のノマド像
家財を失うという危機的状況に陥ったらどうする?と観客に問う人間ドラマだ。主人公ファーンは、最低限の生活必需品と思い出の品を積み込んだ車で旅に出る。生きるには低賃金の季節労働を続けるしかないが悲惨感はなく、さまざまな土地を体感する彼女はアメリカが誇るフロンティア・スピリットさえ漂わせる。困った仲間は助けるけれど、深く踏みこまないノマド仲間の距離感も心地いい。本物のノマドが語る貧困の原因も非常にリアルで、困窮者を支援しない国家体制に問題ありと思うが、しがらみから解放される居場所はon the roadと自覚するファーンの決意に憧れる。私にはとても真似できないし。
老いを引き受け、ただ前に進む、21世紀の『路上』
21世紀のケルアック『路上』と言うべきか。20世紀のオン・ザ・ロードは主に若者が主役だったが、現代のそれは老人のものなのかもしれない。
老貧困問題に目配せしつつも、悲壮な雰囲気をギリギリのところで回避。ヒロインは決して他人に弱音を吐かない。その強さがあるからこそ、心を許した相手にふと寂しさを語る場面がシミてくる。
流浪の者同士の交流、“家はただの言葉か、それとも君の中にあるのか?”というモリッシーの詞、そして美しく雄大で、生活感がひっそりと息づくアメリカの風景。各々の深みが溶け合った秀作。アカデミー賞最有力の呼び声も伊達ではない。
資本主義社会は人間を幸せにするのだろうか?
リーマンショックを契機に生まれた現代のノマド(遊牧民)たち。彼らの多くはリタイアした高齢者で、公的年金だけでは生活できず、かといって現役時代の技能を活かせる就職先もないため、自家用車で寝泊まりしながら全米を放浪し、季節労働者として低賃金の肉体労働に従事する。本作ではそんな境遇に陥った未亡人の視点から、現代ノマドたちの実態をドキュメンタリータッチで描く。真面目にコツコツと働き、家庭を守り、子供を育てた自分の人生は一体何だったのか。様々な想いが交錯する中、金や物や土地に縛られず、互いに助け合いながら清貧生活を貫くノマドたちの姿に、果たして資本主義社会は人間を幸せにするのか?と考えさせられる。
いま、もっともオスカーに近い作品
新しい生活様式の時代にみる、新しい価値観ともいえる“現代のノマド”=Vandweller(ヴァンでの車上生活者)。もう大竹しのぶにしか見えないフランシス・マクドーマンド演じる主人公・ファーンを始め、彼らの日常がドラマとドキュメンタリーの境界線を超え、いきいきと描かれていく。とはいえ、夫も家もなくし、短期労働で食いつないでいるファーンを始め、彼らの実情にも迫ることで、しっかり社会問題にも切り込んでいく。そんな現状も含め、もっともオスカーに近い作品であることに間違いない。アン・リーばりに、アメリカ人の心を描くことに長けたクロエ・ジャオ監督もちろん、撮影監督の見事な仕事っぷりに圧倒される。
人間愛と自然愛に満ちる
サウスダコタのネイティブ・アメリカン兄妹を描く長編デビュー作、やはりサウスダコタを舞台に、怪我をしたロデオ騎手の悲しみを語る第2作目を経てジャオが手がけた今作には、過去2作に通じるものがたっぷり。ひとつはアメリカの大自然を美しくとらえること。もうひとつは、プロの俳優でない、一般人を起用することで高まるリアル感。だが、もっと大事なことに、彼女の作品は常に、社会から見逃されがちな人々への共感と敬意に溢れている。フランシス・マクドーマンドのセリフにあるように、家がない(houseless)からといってホームレスではないのだ。これらの人たちに完璧に溶け込んだマクドーマンドにも拍手。
主人公が歩くとき、空がいつも大きく美しい
主人公が一人で歩いていく、あるいは車を進めていくとき、いつも空が大きい。そしてその空はみな色も光も物凄く、そのときだけの稀有な姿を見せる。主人公はその瞬間の美を存分に味わう。そうした光景が映画の大半を占めるのは、本作が、そのようにして一人で歩き続ける人間たちを描いているからだが、しかし人間はみな雑多な付属物を取り除けばそういうものなのではないか。
撮影は本作でオスカー撮影賞ノミネートのジョシュア・ジェームズ・リチャーズ。本作監督の前作『ザ・ライダー』の夕暮れ、別監督の『ゴッズ・オウン・カントリー』の英国北部の凍てつく大気、本作の大きな空の様々な表情、そのどれもがそれぞれに美しい。
品質もさることながら「時代のシンボル」の点でズバ抜けている
今期賞レースのガチガチの本命。08年のリーマンショック、経済危機から生じた「新しい貧困」の流民。米西部を馬ならぬキャンピングカーに乗って渡り、Amazonの巨大倉庫で働きつつ年を越す。中産階級から転落したシニア白人の旅は、スタインベック『怒りの葡萄』とソロー『森の生活』が奇妙にmixされた自己責任でのサヴァイヴライフだ。
原作のルポを基に創造した主人公を『スリー・ビルボード』に続きF・マクドーマンドが迫真の芝居で体現。監督は北京出身のC・ジャオ(82年生)。前作『ザ・ライダー』を発展させる形で、西部劇とドキュメンタルな要素を混ぜ込み、地平線の向こうにあるグローバリズムの位相を見つめている。
故郷無き者の国
賞レースも賑わしている話題作。
フランシス・マクドーマントとデヴィッド・ストラザーン以外は実際のノマドの人たちを廃した、ドキュメンタリー映画とフィクションの中間にあるなんとも不思議な映画。キャンピングカーに居住し季節ごとの就労をする流浪の民という現代の日本ではなかなか想像しがたい存在ですが、アメリカでは全く違った存在なのでしょう。
ある種の開き直りと諦めを抱えながら生きるノマドの人たちの不思議な表情が心に残ります。
クロエ・ジャオの監督賞なるか?
上から目線ではなく「全肯定」の描き方が、類をみない感動へ
車上生活を余儀なくされ、Amazonなどで季節労働を続ける主人公と、いかにもアカデミー賞が好みそうな社会派テーマながら、そのシビアさから一歩進み、もしかしてこれが人間の理想の生き方かと思わせる。そんな魔力を備え、普遍性を帯びる傑作となった。
もちろん極寒や体調不良と闘い、犯罪の危険をつねに感じながらの日常は、観ていてじつに過酷。しかし、それはどんな人生でも同じ。余計な物を極力所有せず、身軽に、自由に生きる主人公たちの姿が、究極の理想に見えてくるから不思議! しかも心に沁み入るように、じわじわと…。
主演マクドーマンドは計算された巧妙さだが、実際の移動生活者たちの素直な演技に心洗われる感覚も。