デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング (2020):映画短評
デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング (2020)ライター4人の平均評価: 4
香港の今を知る上でも必見のドキュメンタリー
香港ポップス界のスーパースターでありながら、そのキャリアを失うリスクを冒してまで、民主化運動のために立ち上がった女性歌手デニス・ホーの素顔に迫るドキュメンタリー。オープンリー・レズビアンとして、フェミニストとして、常に自由と人権のために戦ってきた彼女が、本編中で口にする「大人の責任」という言葉が強く印象に残る。自身が偉大な恩人アニタ・ムイから受け受け継いだバトンを、次世代の若者に渡さねばという強い想いがあるのだろう。中国政府は決して表立った言論規制などをせず、民間が勝手に忖度して自主検閲するよう仕向けるという。主要メディアが政府に忖度する現在の日本も、これを他人事だと思っちゃいけない。
戦うのは、自由な人間でいるため!
雨傘運動で逮捕されて、スポンサーやレーベルから切り捨てられても音楽活動を続けるデニス・ホーの思いをすくい取った作品だ。中国政府に反旗を翻すと活動が制限され、仲間であったはずのミュージシャンからも距離を置かれる状況の厳しさがよくわかるとともに、孤独に負けないデニスの「私は私でいたい」という強い気持ちが伝わってくる。一般大衆に混じってデモに参加し、音楽を通じて自由の大切さを訴える彼女と、ドラクロワが描いた「民衆を導く自由の女神」が重なった。一国二制度を信じ、民主主義を求める活動家が次々と有罪判決を受けている今、危険を覚悟で戦い続けるデニスの姿にエールを送りたい。
逆境スパイラルに立ち向かう
映画ファンなら『奪命金』での銀行員のイメージが強いHOCCことデニス・ホーだが、もともとアニタ・ムイの付き人からデビューしたミュージシャン。紆余曲折あってトップスターに昇りつめ、LGBTQとしてカミングアウトするなど、かなり波乱な活動を振り返りつつ、民主化運動の活動家としての姿にも密着する。それにより、レコード会社の契約を打ち切られ、インディーズとして再出発するミュージシャンとしての戦いも記録されるなど、近年の香港をしっかり捉えた映画でありながら、政治的な理由から香港での上映は、まず不可能。そんな逆境スパイラルに果敢に立ち向かうHOCCを応援せずにはいられなくなる!
人生や社会を変える映画のパワーと、変えられない現実への哀しみ
ドキュメンタリーの意義とは? それが、知られざる事実を提供し、観る人の生き方を少しでも変えることであれば、本作は最高のサンプルだろう。
中国の強引な政策に対して自由を守ろうとする香港市民。その先頭に立ち、逮捕も恐れない人気スターの姿は壮観の極み。さらに自らの性的アイデンティティを明らかにし、人々に勇気を与えるのだが、そこにアーティストとしての葛藤が重なり、新たな決意を込めたパフォーマンスは、映画を通してではあるが、観る者の心を震わせずにはいられない。デニス・ホーの曲とともに紹介される香港市民の日常風景には、もう二度と戻ってこない切なさも漂い、一国二制度を巧妙に変えようとする大国への怒りが沸々。