略歴: 編集者を経てライターに。映画、ドラマ、アニメなどについて各メディアに寄稿。「文春野球」中日ドラゴンズ監督を務める。
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稀代の芸術家であり、奇抜なスタイルと言動で知られたサルバドール・ダリの晩年を、助手の若者の視点で描く。ダリが暮らした70年代のニューヨークのポップカルチャーが登場するが、主題は10歳年上の妻であり、彼のミューズでもあったガラとの深すぎる愛憎だ。特殊な才能を持ち、ナイーブで、不能だったダリを包み込むように深く愛しながら、金に汚く、エキセントリックで、若い男に夢中だったガラ。とにかく二人のパワーがすさまじい。監督のメアリー・ハロンはあくまで上品に二人のおかしな夫婦ぶりを映し出す。これがデビュー作となる助手のジェームス役、クリストファー・ブライニーの美青年ぶりにも注目。
ユダヤ人大量虐殺の責任者・アイヒマンの処刑という巨大な歴史の1ページに携わった、イスラエルの庶民たちの物語。イスラエル人といっても多様であり、本作では主に、リビアから移民してきた子ども、ポーランドのゲットーから生き延びた男性、アイヒマンを監視する看守という、異なったルーツを持つ3人の目を通した物語が描かれている。歴史とは人間一人ひとりが経験してきたことの積み重ねであり、誰かが時分の都合の良いように書き換えていいものではないということがしみじみよくわかる。3つのストーリーが絡み合わないため、やや散漫に感じられるが、これはジェイク・パルトロー監督も関わっているマンブルコア風味なのかも。
セックスもドラッグも無縁だけど、どこまでもロックンロールな生涯を貫いた鮎川誠とシーナ夫妻の家族を追ったドキュメンタリー。悪徳と退廃にまみれて朽ち果てていったロックミュージシャンも少なくない中、どうして鮎川たちがこんなに長く、太く、活動を続けてこられたのかが、この作品を観るとよくわかる。あまりにもハートフルで、あまりにも優しく、あまりにも愛情に満ちた家族との生活に根ざしているのが、鮎川とシーナのロックンロールだったということ。家族の支えは創作者にとって何者にも代えがたい力になる。日本のロックシーンを切り開いてきたのは団塊世代であり、彼らが後期高齢者になっている現実も映像を通して浮かび上がる。
オーケストラの指揮者という同じ職業をなりわいとする老境の父と絶頂期の息子。ふたりの間にはどうにもならない確執があったが、さらに決定的な出来事が起こって……という家族の物語。とはいえ、構えて観たら肩透かしをくらうかも。主人公の親子はずっとまじめな顔をしているけど、これはれっきとしたコメディー(「喜劇」と呼んだほうがしっくりくる)。描写も人間関係も物語も、けっして重くなりすぎない。役柄を老舗の職人や板前に置き換えたら、松竹の人情喜劇とかグルメ漫画とかにありそうな感じ。クライマックスにも思わず笑ってしまった。豊穣なクラシック音楽がふんだんに流れるので、冷房のきいた音響のいい映画館で観たい一本。
クエンティン・タランティーノの映画人としての足跡を、あえて本人を登場させず、周囲の出演者やスタッフの証言と豊富なフッテージ、元ネタの映像も交えて振り返るドキュメンタリー。タランティーノの映画への偏愛はよく知られているが、「悪趣味」と評されることが多かった彼が、映画の中では一貫して女性を敬い、黒人を平等に扱ってきたことが強調される。スタントマンのゾーイ・ベルは、タランティーノが表現してきた「ガールズパワー」が現実の中でも実現しつつあると語る。これを観たら、もう一度タランティーノ映画を一気観したくなること必至。ユマ・サーマンの事故や、ハーヴェイ・ワインスタインの犯罪についても触れられている。