複製された男 (2013):映画短評
複製された男 (2013)ライター4人の平均評価: 3.8
観客の読解力が試される不条理映画
基本的には、自分自身の別バージョンと遭遇してしまった2人の男たちのアイデンティティ・クライシスを描いた作品。随所に挿入される蜘蛛やブルーベリー、セックス・クラブなどの意味深なモチーフとイメージが、観客を底なしの不条理な世界へと引きずり込んでいく。
姿形こそ自分と瓜二つでありながら、人格も個性も全く異なるもう一人の自分。それが人間の持つ潜在意識のメタファーであることは想像に難くないが、しかしそこから先の展開は見る者によって様々な解釈を可能にしていくはずだ。
中でも、一度見ただけでは理解不能なクライマックスに思わず呆然。これほど観客の読解力や思考回路に挑んでくる映画もなかなかないだろう。
SFミステリー、ではなく超現実主義的文学ドラマ
自分と瓜二つの人間が存在すると知ったら? 私だったらまず避けるな、と考えながら、クローンたちが陰謀を暴くSFミステリーと思い込んだら……。予想は見事に裏切られ、主人公2人の対決はやがてアイデンティティへの執着へと向かい始める。そこから浮き彫りになる現代人の孤独や喪失感は非常に文学的だ。しかもカフカや安部公房の作品に通じる超現実主義文学ね。予期せぬ展開、陰影を効かせた映像、思わせぶりなモチーフ、一卵性双生児のような男たちを巧妙に演じ分けたジェイク・ギレンホールの役解釈とそれぞれに見応えあり。謎を提起したものの、解釈は観客に委ねるという監督の姿勢からもわかるが、正解はひとつではない!
ヘンな映画!? だから面白い!
『プリズナーズ』も記憶に新しい新世代の鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴの監督作だが、同作のような重厚なサスペンス色を期待すると肩透かしを食らう。
自分にそっくりの、もうひとりの男はいったい何者か? サスペンスの体裁をとりつつも、闇討ちのようにクリーチャーが登場するに至って、これがどうやら普通ではないドラマであることがわかってくる。
物語のつじつまを合わせて解釈しようとしても意味がない。そこに込められた浮気性の男心をめぐる寓意や、カフカ的な不条理のスリルを味わうべき。“ヘンな映画”ではあるが、“ヘン”では片づけられない強烈な吸引力が宿るカルト・ムービー。ハマった。
次はテッド・チャンのSFを映画化するらしい
主人公と彼にそっくりな男が初めて対面するのは安ホテルの一室なのだが、窓のカーテンが下ろされていて、午後なのに夕方の薄暗さに充ちている。そのため、2人の差異を見極める以前に、2人の輪郭が鮮明さを失っていく。そして、このシーンを境に、さまざまな境界線の崩壊が、加速されていく。実際に起きていることと、登場人物の心象風景の境目が、ふとした瞬間にほころびる。意識と無意識の違いが曖昧になっていく。その感覚が、彩度を抑えた色調と、いつも薄い闇が溶けているかのような明度で、視覚化されている。
この監督がテッド・チャンのSF「あなたの人生の物語」の映画化を企画中とのことでそちらも楽しみ。