暮れ逢い (2014):映画短評
暮れ逢い (2014)ライター3人の平均評価: 4
身悶える恋情と語りの軽妙さがトリュフォー直系。
『仕立て屋の恋』『髪結いの亭主』の、フェティッシュでエロティックなルコントが戻ってきた。青年ザイツ(R.マッデン)の心の揺れを如実に表す一人称的キャメラ。ツンデレな駆け引きを弄しながらも彼にのめりこむ社長夫人(R.ホール)の恋情に付き従う音楽。彼女の弾く「悲愴」ソナタの甘美さが夫とザイツ双方に波紋を呼び、ザイツに至っては想い人の触れた鍵盤の匂いを嗅いで愉悦する。そんな忍びやかで繊細なドラマなのに、勿体ぶらずサクサク進行するのも洒脱。過去のルコントを知る者にとって結末はいささか拍子抜けするかもだが、S.ツヴァイク原作であるのを刻印するように、迫りくる時代の暗雲をワンシーン織りこんでいるのがいい。
愛という名の情欲の行方
パトリス・ルコント監督にとって久々の文芸ロマン。第一次世界大戦へと突き進む不穏な時代を背景に、野心家の青年と良妻賢母たる社長夫人の秘めたる愛が描かれる。
許されぬ関係だからこそ燃え上がるのは世の常だが、しかしその情熱は時の流れという試練に耐えうるのか。出世街道に乗った若者と生活に恵まれた人妻にとって、それはリスクを侵すほどの意味や価値があるものなのか。ルコント監督は愛という名の情欲の正体を探るとともに、その行く末を丹念に見つめていく。
質実剛健なドイツが舞台ということもあり、全体的にはとても慎ましやかな印象。妻の心情を察しつつも責められない心優しき社長を演じるアラン・リックマンが出色だ。
ただ想い続けることの密かな愉悦
愛しい人との間には、いつも距離がある。彼女の弾くピアノの音を、遠くの部屋にいながら聞く。彼女がいないときに、彼女が弾いたのピアノの鍵盤の匂いを嗅ぐ。彼女の動く影を、遠くの窓のカーテン越しに見る。愛しい人との間にある距離に、秘めた想いが静かに満ちて行く。映画は、主人公が愛しい人に出会ってから実に8年後に初めて接吻を交わすまでの、その距離に満ちていくものを丹念に描いていく。舞台は第一次世界大戦前後のドイツ。季節は秋。「仕立て屋の恋」「髪結いの亭主」のパトリス・ルコント監督が、今回は華やかなパリではなく、ドイツの晩秋の深い色調で、静かな想いに秘められた愉悦をそっと味あわせてくれる。