ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 (2017):映画短評
ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 (2017)ライター6人の平均評価: 4
ツイート的瞬発力で撮り上げ、現政権へ向けた痛烈なカウンター
歴史の検証ではない。ジャーナリズムを軽んじるトランプ政権に向け、横暴な権力が敗れた過去を通して繰り出す鋭いカウンターだ。映画製作に要すプロセスを度外視し、その速度はまさにツイート的。国民を欺いてきたベトナム戦争の真実。その文書を入手したメディアの役割をめぐり、新聞記者がリスクを冒し善意が積み重ねられていく様が、実にスリリング。政府高官との友情と正義の狭間で揺れるメリル・ストリープ扮する新聞社社主。彼女の葛藤と決断こそが静かなるスペクタクルだ。それにしても7000頁にも及ぶ不都合な公文書を保管していた米国には脱帽するしかない。改竄や廃棄の体質から糺さねばならない国の民主主義への危機感が募る。
森友文書問題もワシントン・ポスト紙にまかせたい
『大統領の陰謀』を見て以来、信頼を置く新聞のひとつがワシントン・ポスト紙という人は多いはず。今もトランプ大統領から“フェイク・ニュース”とディスられる栄誉を受けているしね。そんな地方紙が一躍全国に名前を知られることとなった最高機密文書スッパ抜き事件をS・スピルバーグ監督が緊張感たっぷりに描き、全編ワクワクしっぱなし。スパイ映画のような雰囲気もあるが、報道の自由を盾に絶対権力に立ち向かった新聞記者の姿に胸が熱くなる。女社長グラハムの逡巡が曖昧なのはやや不満だが、トム・ハンクス演じる編集主幹の一直線ぶりで相殺されている。森友文書改ざん問題もワシントン・ポスト紙にまかせたくなるはず。
“弱”から“強”へ向かう女性ドラマとしての面白さ
鋭い社会的メッセージを込めた物語を演出しつつも、人間ドラマとしてきっちりさらるのがスピルバーグ作品の凄いところ。改めて、その手腕に唸らされる。
面白いのは、やはりヒロインの歩んだ軌跡。新聞社の経営者でありながら女性であり、また控えめな性格ゆえに周囲に軽んじられているが、そんな彼女がオロオロ&モゾモゾしつつ殻を破り、主張をして、政権にケンカを売る、そんな展開が痛快。ストリープの抑制の効いたリアルな演技も活きた。
機密文書入手までのサスペンスフルな描写にもスピルバーグらしさが光るが、一年足らずで製作から公開へとこぎ着けた驚異的早撮りも、さすが。改めて、凄い監督であることを認識した。
スピルバーグの「今すぐ伝えたい」がみなぎる
スピルバーグ監督の行動の速さがすごい。16年7月に各党の大統領候補が決定し、11月の一般有権者による大統領選挙の少し前、10月に脚本の映画化権を取得。製作準備中だった他作品を中断して本作の製作に取り掛かり、17年2月にメリル・ストリープとトム・ハンクスが契約書にサイン、5月頭に撮影開始、7月末に撮影完了、11月にファイナルカットが完成したとか。12月に米限定公開、1月に全米公開。映画化権入手から公開まで、なんと1年2ヶ月程しか要していない。スピルバーグ自身、「今すぐ伝えなくてはならないと思った」と発言。この迅速さに、監督はじめスタッフ、キャストの、そして今のアメリカの切迫感がみなぎっている。
全体を俯瞰しつつ、小さき者の力も信じる、まさしく巨匠の仕事
報道の自由を全うしようとする編集部の苦闘はもちろんドラマチックだが、この作品、メリル・ストリープの経営者の一挙一動に意外なほど長く時間が割かれる。一見、アンバランスのようだが、原題は『The Post』。報道の“現場”だけでなく、ワシントンポストの会社としての方向性を描くことに、監督の思いがあったのだろう。その俯瞰した視点とテンポの良い場面の切り替えが、ちょっとだけ『シン・ゴジラ』のダイナミズムも彷彿とさせる。
終盤、短い場面に登場する脇役が、主人公の背中を押す重要な役割を果たす。どんなに小さな力でも歴史を変えられるという、スピルバーグの意志が強く感じられ、激しく心が震えた。
個人的な危険をおかしても、報道の自由のために闘った
今最もタイムリーな映画。実際、スピルバーグは、これは2017年に公開されないならば意味がないとすら思い、速攻で作っている。1971年にワシントンポスト紙がベトナム戦争に関する最高機密文書を報道したことについての話。ニクソン政権から相当なプレッシャーを受けた彼らは、刑務所入りや同紙の滅亡といったリスクに直面した。ワシントンポスト紙がなくならなかったことはもはや周知のこと。そしてその直後、彼らはウオーターゲート事件を暴くことにもなるのだ。トランプ政権が報道の自由を奪おうとしている中、今作は非常に重要。さすがスピルバーグとあって、堅いテーマでありながらも、娯楽性あるスリラーになっている。