17歳の瞳に映る世界 (2020):映画短評
17歳の瞳に映る世界 (2020)ライター8人の平均評価: 4.4
2020sのニューシネマ
エレーヌ・ルヴァールの撮影がとてもいい。A・ヴァルダやA・ロルバケルとも組む彼女の対象にそっと寄り添うカメラが、このエリザ・ヒットマン監督の傑作では最大限の親密さを醸す。ペンシルベニアの保守的な地元から真夜中のNYまで、17歳の女性2人の小さな旅は「時代は変わる」事の証左となる。
シドニー・フラニガン&タリア・ライダーのコンビは『ゴーストワールド』(01年)を連想し、10代の妊娠は『JUNO』(07年)と共通するが、それら先行作でも相当しょっぱかった男の立場が、本作ではとうとう蚊帳の外、やっかいな「敵」扱い。“Never Rarely Sometimes Always”(原題)の台詞は珠玉。
観終えたあとも、いつまでもリフレインされる
主人公は高校の文化祭のステージで、(「Tell Him」で有名な)The Excitersの「He's Got the Power」(63)をギター1本で歌う。明るくアップテンポなこの曲を彼女は、(中島みゆきのようにメランコリックに)自己アレンジして。と、そこに「男子」生徒からのヤジが──人物の個性と映画全体の輪郭が、見事に提示される冒頭数分。
監督のエリザ・ヒットマンはロベール・ブレッソンの傑作『抵抗』(56)を参照したそうだが、なるほど、印象的な様々な“手の表情”が心に刻まれる(ある場面での握り合う手!)。原題の、素っ気ない官僚的な言葉の深さが観終えたあとも、いつまでもリフレインされる。
青春映画らしさと、いま絶対に直視するべきテーマが見事に両立
妊娠中絶を自力でやりとげるため、ネットで調べ、手元に十分なお金もないのに大都会へ向かう主人公には、当然のごとく難題が次々と待ち受ける。自身で何とか乗り切ろうとする健気さと甘さ、周囲の優しさ、そして現実問題で、ひたすらやるせなさで胸が痛くなるという、青春ドラマの見本のような一作。
そこに男性優位社会、女性が被害者になりやすい現実問題を、状況やセリフできっちり絡め、主人公が負う痛手を鋭く訴えてくる。しかも説教くさくなく……。
17歳の苦悩に寄り添う共感ムービーとしても、そして骨太テーマを考えさせる社会派映画としても、両面で満足させる上質な仕上がり。観れば、何かが強烈に突き刺さるのは確実だ。
少女の物語を通し、女性が直面する現実と向き合う
望まぬ妊娠をした17歳の少女オータムの決断をめぐる物語は、政治的メッセージも感じるが、とても詩的な作品だ。閉鎖的な田舎で育った少女がNYの医療NPOで初めて、心身の健康に気を使ってくれる人に出会い、目から鱗が落ちる場面が心に染みる。17歳はもう子供ではないけれど、知らないことだらけで不安なのだ。彼女の世界を広げ、女性の権利をも伝えるカウンセラーとの会話に注目してほしい。一夜を過ごすNYでオータムを支える従姉妹スカイラーの存在もまた頼もしい。パンデミックで女性の失業率が上がるなか、彼女の「男に生まれればよかったと思ったことない?」と無邪気そうで実は核心をつくセリフにも頷いた。
“痛み”をえぐりつつ、キャラに寄り添う青春映画の秀作
安全ピンでピアス用の穴を鼻に開ける冒頭のシーンに象徴されるとおり、これは“痛み”の物語。産婦人科での診察をはじめとする肉体的な面はもちろん精神的にも、とにかく、痛い。
望まない妊娠をしたヒロインの不機嫌や不安。目線のわずかな動きをも逃さないカメラは、その表情の奥に潜り込み、心情をすくいとる。彼女の“痛み”がリアルであることを伝える秀逸なビジュアルだ。
主演のS・フラニガンはこれがデビュー作とのことだが、そうとは思えないほどの存在感。彼女のキャラクターに寄せて演出した監督の工夫もあるのだろう。それにしても、カウンセラーとの面談シーンをはじめ、アップに耐えうる生々しい表情はスゴい。
少女たちの緊張と不安がそのまま伝わってくる
画面に映し出される17歳の少女2人の表情が、いつも硬くこわばっている。彼女たちはその固さの下に失意や怒りを押し隠すが、隠しきれない緊張と不安がますます彼女たちの顔から表情を奪っていく。無表情な顔からありとあらゆる感情が伝わってきて、息苦しくなる。親にも周囲にも頼れず、少女たちは2人で協力し合うしかないのだが、疲れると相手に暴言を吐いてしまう。17歳なのだ。
撮影は、監督と『ブルックリンの片隅で』でも組んだエレーヌ・ルヴァール。これまでも女性を見つめるドキュメンタリー映画『アニエスの浜辺』『Pina/ピナ・バウシュ』を撮ってきた彼女が、17歳の少女たちの思いをそのままスクリーンに映し出す。
静かに、強いメッセージを放つ
ブレイク必至のタリア・ライダーら、対照的な主人公を演じる主演2人は魅力的で、観方次第では“裏『ブックスマート』”としても観ることができる本作。“意味深すぎる原題”がヘルスセンターのカウンセラーの口から語られるリアルなシーンなど、静かに強いメッセージを放つ。また、男関係など、あえて語られないエピソードを脳内で補完していく面白さや、まったく魅力的に描かれないNYの夜更かし映画としての醍醐味を感じさせてくれる。とはいえ、“痛み”を強調したドキュメンタリータッチな演出など、エリザ・ヒットマン監督は明らかにダルデンヌ兄弟監督作を意識。そのためか、どうしても既視感は否めない。
静かに、じわじわと胸に迫る大傑作
同じ「#MeToo」テーマでも「プロミシング・ヤング・ウーマン」はカラフルで強烈なアプローチをするが(こちらも大傑作)、本作はドキュメンタリータッチで、じわじわと胸に迫ってくる。若い、普通の女性が毎日の生活の中で直面する小さなセクハラ。それらを不快に感じつつもがまんする、辛く、リアルな現実。だが、静かながらも優しい視点で見つめる本作はまた、女性たちの助け合いの美しさと、その頼もしさも描く。主人公が唯一秘密を明かし、一緒にニューヨークまで行く従姉妹との姉妹愛もそうだし、彼女がそこで出会う、見知らぬ大人の女性たちもそうだ。ひとコマ、ひとコマに繊細な感情が満ち溢れる珠玉作。