スティルウォーター (2021):映画短評
スティルウォーター (2021)ライター5人の平均評価: 4
巴里のアメリカ人ならぬ、南仏マルセイユのオクラホマ男の旅路
まずマット・デイモンが凄い。彼が演じる主人公ビルは絵に描いた様な米南部の無骨な肉体労働者。ネルシャツにジーンズ、腕には国鳥イーグルのタトゥーがあり、「トランプに投票した?」と質問される。「娘のために父頑張る」ラインが主軸だがL・ニーソン系の明快さとは異なり、複雑で色々な要素が重層的に絡まっている。
ビルが出会うのは「他者」そのものな演劇人の女性だが、不思議な相性で惹かれ合う。治安の悪い地域は『憎しみ』や『レ・ミゼラブル』といったバンリュー(郊外)映画の世界。保守的な白人が持つアラブ系への憎悪も。トム・マッカーシー監督とJ・オディアール組の脚本家が手を組んだ米仏mixの傑作。余韻はすごく深い!
マット・デイモンの主人公像が映画を興味深くする
犯罪スリラーで始まるが、途中でそれを忘れたかのように人間ドラマになり、またつながる。途中、時間をかけたおかげで主要なふたりの関係が築かれていく状況にそれなりの信憑性が出るとはいえ、あまりに長く本題から離れるため「あれはどうなったの?」と感じさせる。緊迫感も失われるし、ここはもう少しカットできたのではないか。それでもなんとか引っ張るのは、マット・デイモン演じる主人公が興味深いおかげ。保守的で信仰深いブルーカラーの白人を、人間味をもって描くのは、今日のハリウッドでは稀。大スターでありながらそういった役に無理なく溶け込んでいけるデイモンは、やはり非常に幅が広い実力派の役者と言える。
M・デイモンが体現する、その行ないは正しいのか!?
アカデミー賞作品『スポットライト 世紀のスクープ』に続くT・マッカーシー監督作品が、このような作品になるとは思ってもいなかったが、見応えのある作品であることに違いはない。
前作と同様に実話を基にしながらもフィクションに落とし込み、サスペンスという娯楽性を植え付けつつ、文学的に行間を読ませようとする。愛娘を助けようとして異国で暴れまくるアメリカ人の行動は正しいことなのか?
その答を考えさせることこそ、本作の目指した地平。主演のM・デイモンは『最後の決闘裁判』もそうだったがが、共感と反発を同時に覚えさせる複雑なキャラクターに血肉を与えた。その役者としての円熟ともども、じっくり味わいたい。
新しい絆を育むヒューマンな味わいが強く、いい意味で裏切られる
娘の冤罪を晴らそうとする父親の苦闘で、監督が監督だけに社会派ドラマの予感が漂うが、メインとなるのは、その父親が新たな「絆」を見つけるドラマ。そこをもう少し短くしたら、サスペンスものとしてスッキリしたかも。しかし温もりのある後味もなかったはずで、そこに作り手の狙いを感じる。
M・デイモンの主人公が、前半はアメリカ的な正義心に固執しながら、後半はフランスでの生活によって価値観も変わる。「ひとつの結論が正しいわけではない」という真理が、主人公だけでなく、観ているわれわれにも揺さぶりをかけ……などと書いていくとシリアス一辺倒に思われるが、要所ではドキドキの臨場感が用意され、エンタメ的にも楽しめる。
サスペンスに多様な感情と問題提議が盛り込まれている
米オクラホマで暮らす失業中の石油採掘員の主人公は、フランスのマルセイユで殺人容疑のため収監された娘を救うことが出来るのか、というサスペンス映画の形をとりつつ、そこにさまざまな感情と問題提議が詰め込まれている。親と子について、移民や異文化について、愛について、主人公は異国の地で行動しながら、自分がそれまで当然だと思っていたことが、別の場所ではまったく通用しないことを知り、初めて自分が無意識のうちに持っていた傲りと偏見に気づく。そんな無骨だが真摯な主人公が、マット・デイモンによく似合う。映画の最後の主人公の言葉が、すべてのドラマを集約して胸に響く。