トランボ ハリウッドに最も嫌われた男 (2015):映画短評
トランボ ハリウッドに最も嫌われた男 (2015)ライター7人の平均評価: 4.6
クラシック映画好きなら痒いところに手が届く感じ。
ハリウッドに嫌われたというよりも、マッカーシー旋風に加担した連中に嫌われた、といったほうが正しいトランボだが、その親分肌な闘士の側面を自然体の渋さで演じる遅咲き俳優の雄B.クランストンの力は大きいし、思想や権力など屁とも思わぬB級映画製作者J.グッドマンの存在がしっかり描かれるのもいい。と同時に、本来は家庭人であるトランボが、困窮と裏活動の中で家族をないがしろにしていく過程(と回復)も描いたホームドラマの側面もあり、当時のロリータ像を集約したような娘を演じるE.ファニングも可愛い(実際の娘さんにかなりそっくりで驚きもする)。やっぱJ.ローチ、過去のディテイルを描かせると光るなあ。
個人的に米アカデミー賞主演男優賞&脚色賞
やはりハリウッドではまだ赤狩りを赤裸々に描いた作品に賞賛を贈るのは気が引けるのか。
第88回米アカデミー賞では脚色賞にノミネートすらされなかったが、受賞作は間違いなくコレだ。
『ローマの休日』や『ジョニーは戦場へ行った』などの秀作を生んだことも納得の、
脚本家ダルトン・トランボの人物像を表現するに相応しいウイットに富んだ脚本に脱帽。
クスッとしてしまうシーンの連続だが、笑いに変換しなければとても乗り切れなかった彼の人生の哀しさが一層引き立つ。
また本作で、ハリウッドの認識が変わるはず。
少なくとも筆者の中ではジョン・ウェイン株は暴落し、カーク・ダグラス並びにダグラス・ファミリー株上昇中だ。
プロの生きざま――腕一つ、筆一本ならぬタイプ一台
コーエン兄弟『ヘイル、シーザー!』がパロディックに触れた50年代ハリウッドの黒歴史を、真正面から描く。史実再現の点では最高の精度とは言えないが、筆者は「仕事」という観点……要はフリーランス・ライターの映画として観て感動した。窮地に立たされた時、いかに我々は生活しながら闘うか、という主題。
トランボは「書く」ことしかできない。大義にエネルギーを使う仲間もいるが、彼は粘り強くとにかく働きまくる。筆者は「名誉回復」より、偽名(実質匿名)で脚本を大量生産し実力のみで世を渡る姿に心底かっこいいと痺れた。そして「俺はカネとオンナのために仕事してるんだ!」と依頼をくれるB級映画の商売人F・キングに感涙!
ハリウッドの赤狩りと闘ったのは偉人ではなくてパパ!
赤狩りでハリウッドを追われたトランボが『ローマの休日』等の名作の脚本を偽名で執筆したのはご存じのとおり。本作は、そんな彼の不遇の時代を描きつつも、いわゆる根性ドラマはない。
面白いのは主人公が逆境の中でもひょうひょうとしていること。かつ、ひょうひょうとしながらも、家族との間に問題が生じることだ。愛娘と対立し、良き理解者である妻にも叱られる、そんな家族崩壊の危機がスリリングで、社会人としてではなく家庭人としてのトランボの物語に魅せられた。
苦難の時代を生きた映画人の苦闘を声高に訴えず、家族という身近のドラマに焦点を当てる。ユーモラスで深い人間味はそこから生じる。傑作!
“古き良きハリウッド”に消されかけた言葉の匠
赤狩りで仕事を干されても書くことを辞めなかった脚本家ダルトン・トランボが家族の支えでオスカーを2度も受賞と、善悪が明確な “古き良きハリウッド”的作品だ。業界を追われた彼の代理で『ローマの休日』を世に送った脚本家や仕事を与えたB級映画製作者(ジョン・グッドマンが素晴らしい!)、世論に負けなかったカーク・ダグラスの存在も心に響いた。ハリウッド・テンに名を連ねるトランボが信じたのは、「言論の自由」と「労働力への正当な対価」。アメリカ人としての権利を訴えたのが共産党シンパとされる赤狩り、恐るべし。集団ヒステリーの象徴ヘッダ・ホッパーをヘレン・ミレンが怪演しているが、滑稽な思い込みも危険と自戒。
全てを鵜呑みには出来ないが、それでも意義のある作品
これは全ての「事実を基にした映画」に言えることだが、作中の描写が全て事実だとは限らない。本作で言えば、トランボが熱烈なスターリン信者だったことなど不都合な真実には触れていないし、エドワード・G・ロビンソンの裏切りも曲解だ。そもそも、これだけ実名を出すならディズニーが赤狩りの協力者だったことにも触れるべきだろう。
とはいえ、それで本作の価値が貶められるわけではない。確かにトランボたちの思想には危険視されるだけの理由はあったろう。しかし、だからといって気に食わない意見を力でねじ伏せて封殺することは正当化できない。憎しみと不寛容が世界を覆い尽くす今だからこそ、本作のメッセージは大変重要だ。
ダンディでトボケたトランボ像に魅了される
元は実話だが、史実をリアルに描くことよりも、魅力的な人物像を描くことを優先した本作の作劇法が、このハリウッドの名脚本家だった人物の伝記映画に相応しい。
何より主人公トランボの人物像に魅了される。ハリウッドの赤狩りで投獄され、自分の名前で脚本を書くことができなくなった彼は、多大な苦痛や怒りを背負って歯を食い縛っていたに違いないが、本作は彼を、それを決して表面には出さない人物として描く。普通なら大声で主張を叫び怒りをぶちまけるところを、この主人公は常に静かで、ダンディでありつつちょっとトボケた佇まいを崩さない。この人物像を「ブレイキング・バッド」のブライアン・クランストンが好演している。