アイリッシュマン (2019):映画短評
アイリッシュマン (2019)ライター7人の平均評価: 4.3
芸術家精神と自己陶酔に満ちた野心作
映画館にこだわるスコセッシの野心作としては皮肉なことに、ひとりの人生を長いスパンで細かいところまで描写する今作は、むしろテレビのミニシリーズに向いていると思う。ストーリー自体はおもしろいのだが、3時間半以上もかけて映画にまとめると、どうしても真ん中が緩むのだ。そこをカットする勇気がなかったのは、作り手の勝手な執着。デジタル加工してまでデ・ニーロが全部の時期を演じたのも、そこまでお金をかけるほど大事だったのか疑問。役者としては当然、自分で全部演じたいだろう。しかし、この映画全体に言えることながら、自己陶酔なのだ。と同時に、自分の信念を貫き、実現させてみせた芸術家精神に拍手も送る。
スコセッシ版『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』
あのジミー・ホッファを暗殺したとされる、実在したマフィアのヒットマンの半生を描いた超大作。その信憑性については疑問を呈する専門家の声も多いため、全てを額面通りに受け取るべきではないのだろうが、しかし劇中でほのめかされるケネディ暗殺の背景事情も含め、権力と反社の癒着という側面から振り返る現代アメリカ社会の歩みは興味深く、さながらスコセッシ版『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』とも呼ぶべき風格と重量感が漂う。もちろん、デ・ニーロら常連組スターが顔を揃えるスコセッシ映画の集大成としても見応えあり。なお、役者の顔はCGで若返らせることが出来ても、さすがに体の動作までは誤魔化せませんな…。
『グッドフェローズ』好きは、とにかく必見!
スコセッシは『グッドフェローズ』でアカデミー賞を獲るべきだった……と思っている筆者にとって、嫌いになれるわけがない。
犯罪の世界で生きてきた男の年代記というスコセッシお得意のテーマだけでワクワクするし、ユーモアやバイオレンスの適材適所も巧い。
そして『グッドフェローズ』では言及されなかった、ワルの老年期のドラマがシミる。裏社会で金を稼いで生きてきた主人公は老境の今、何を失ってしまったのか? 失ったものの重さはどれほどなのか? デジタル特殊メイクによって作られた若&老デ・ニーロら名優たちの貫禄の演技はもちろんだが、ドラマは『ゴッドファーザーPARTⅡ』の重厚さに引けを取らない。
スコッセシ版アベンジャーズ
デ・ニーロ、パチーノ、カイテル。さらにジョー・ペシまで引っ張り出して、(MCUを否定しているスコッセシには怒られるかもしれませんが…)まさにスコッセシユニバースのアベンジャーズと言った趣のある、3時間半の堂々過ぎる超大作ギャング映画。
今の時代にこんなもの作って見せたNetflixの胆力(1億5000万ドルを出資!)には驚嘆するしかありません。デジタル技術や配信と組むという大きな選択をし、あらゆる意味で破格としか言いようがない、こんな怪物映画を創り上げたスコッセシ監督はこの後どうなってしまうのか、なんだか心配になる程です。
『JFK』や『ホッファ』『大統領の陰謀』を見なおしたくもなりました。
まさかのスコセッシも終活映画
モノマネしたくなるほどのデ・ニーロ無双にして、スコセッシ監督作の『アベンジャーズ』状態。実在した裏社会の男がテーマだけに、どうしても『グッドフェローズ』と比べたくなるが、サントラの選曲の違いもあり、前半から中盤にかけてはどこか牧歌的で、編集も綺麗に話が流れていく程度。アル・パチーノらが絡んだときの圧倒的な画力と芝居に救われているシーンもある。ただ、後半になって、まさかの人生大反省会と化す展開は、スコセッシ流の終活映画にも見えてきて、かなり感慨深い。そのため、体感時間は160分程度といったところ。ILMの特殊効果も気にならないが、『ホッファ』はおさらいした方がベターかも?
スコセッシ・ベスト盤にボーナストラックつき
ジョー・ペシまで特別復帰のスコセッシ・オールスターズに、アル・パチーノがあのジミー・ホッファ役で初参戦。イタリア系軍団の座組みでアイルランド系裏社会&マフィアの関わりを描くが、もしや「白鳥の歌」!?という集大成感満載。『グッドフェローズ』の狂騒を強壮剤で勃起させたのが『ウルフ・オブ~』なら、こちらは叙事詩寄りで諸行無常の老境へ駆け抜けていく。
現在のスコセッシは先の見えぬ「映画」の未来を占う指針の趣があると思う。デジタルシネマや3Dには好意的だったが、マーベルをテーマパークと切り捨てNetflixで発表。CGIの若返りをデ・ニーロ・アプローチの代替(?)に活用する等、選択がいちいち興味深い。
一時停止せず、その長さがもたらす熟成を体感するべき
巨匠の演出は、ひたすら重厚である。過剰な仕掛けは抑えに抑え、それゆえに時折、勃発するバイオレンスは、その衝撃をさらに鮮やかに刻印する。デジタルメイクも駆使し、アウトローの半生を演じきったデ・ニーロやパチーノも、それぞれのキャリアの集大成といえる渾身の迫力。過去を回想する老いた主人公の言葉は屈折感も伴いながら心の奥まで響き、人間の人生は何なのかという壮大なテーマもあぶり出す。
ただ体感的に明らかに冗長で、まだろっこしいシーンがある。しかしその冗長さがクライマックスの「熟成」につながる感覚。これは配信で一時停止したら味わえないはずで、その長さの意味、本質を受け止めるために劇場で観た方がいいかも。