アメリカン・ユートピア (2020):映画短評
アメリカン・ユートピア (2020)ライター9人の平均評価: 4.3
デイヴィッド・バーンとスパイク・リーの「ええじゃないか」運動
デイヴィッド・バーンが11人の多種多様なパフォーマーたちとグレーのスーツを纏って、裸足のまま歌い、演奏し、踊る『アメリカン・ユートピア』は批評的視座に立った、「making senseのやり直し」なのかもしれぬ。「意味付けなんかやめろ」とは言えない状況になってしまったのだ。
映画に限らずその作品が「いつ生まれたのか」はとても重要なことである。むろん本作はトランプ政権下に発表された。縦横無尽に動き回り、ラストを飾る「Road To Nowhere」ではステージからも解き放たれ、デモンストレーションのマーチ(行進)となってゆく。バーンと監督スパイク・リーの「ええじゃないか」運動の何と粋なことか。
コミュ障なアメリカの今を切り取るバーンの冴え
70歳に手が届くD・バーンが役者とともに2時間近く、歌い踊るコンサート的な舞台だが、芸術的でとても見応えがある。冒頭、赤ん坊の脳に見られる“他人とコネクトする回路”が年と共に減少するとのセリフが入り、トーキングヘッズ時代の名曲や舞台のためにバーンが書き下ろした曲が次々に演奏され、その歌詞の意味深でシニカルなこと! 70〜80年代から今の世界情勢を予期していたのかと驚く。S・リー監督のカメラワークや舞台演出が素敵なのでついつい舞台やパフォーマーに目が行くけれど、歌詞の意味を知るためにも字幕がとっても重要。2〜3度見返したい作品だ。
12人のビッグ・ショー
「なぜ、大きなスーツ?」ならぬ、「なぜ、裸足?」なデヴィッド・バーンならではな実験的なライブ・ショー。『ストップ・メイキング・センス』同様、思わず立ち上がって踊り出したくなるほどの楽しさであり、現に突然立ち上がる客にカメラも慌てるカットなど、このご時世だけに、ガチでライブ感を体感できる一本である。そして、さまざまなルーツや経歴を持つ11人のバンドメンバー&ダンサーが全員同じスーツ姿で一堂に会すること。楽器やマイクの配線をなくしたことから、見えてくる理想のアメリカ社会。「なぜ、スパイク・リー監督作?」という答えに関しては、そのことを踏まえたうえ、最後まで観れば分かります。
ブロードウェイの上質ショーとして、シンプルにカッコいい
ステージ上のパフォーマンスを純粋に楽しませるための、シンプルな舞台装置。しかし、その装置の演出や照明は計算されつくされており、真上のカメラも駆使したスパイク・リー監督の絶妙な見せ方も相まって、ブロードウェイの上質のショーをスクリーンで心ゆくまで満喫させる。
間もなく70代に突入するデイヴィッド・バーン。緩急つけながら20曲以上を朗々と歌い上げるパワーと、軽やかなダンスのステップには驚くばかりだが、あちこちに毅然と鋭いメッセージを込める姿が、ひたすらカッコいい。とくにアカペラによる終盤の1曲は、今の世界と重ねたくなる歌詞の切実さとともに、魂に深く響いてくる。骨太テーマとアートの、理想の融合。
スパイク・リーが監督したのも納得
スパイク・リーにしたらやや異質ではと思ったが、観て納得。移民問題や銃社会に触れ、選挙に行こうと語りかけるし、何よりジャネル・モネイの「Hell You Talmbout」のカバー!デビッド・バーンとバンドがこの曲を演奏する中、リーは、警察の暴力の被害者たちの顔と名前を画面に挿入していくのだ。そのおかげで「Say His Name」「Say Her Name」というフレーズが、より強烈に心に響くのである。しかし、このショーは政治的というより、ヒューマニティについて。人が一番関心を持つのは、人。だから舞台からも不要なものを全部取り去ったというこのショーは、人の美しさを思い出させてくれる。
躍動、楽しさ、テーマ……すべてがある音楽映画の傑作
元々バーンの大ファンなので冷静に語れないかもだが、容赦して欲しい。ぶっちゃけ、『ストップ・メイキング・センス』と並ぶコンサート映画の傑作だ。
S・リーが撮るのだから、単なる音楽ドキュメンタリーとは違うものに。音楽で伝えたいメッセージをくみ取り、分断が加速する社会に投げかけるメッセージ。ラテンもアフリカンもあるゴッタ煮的なポップミュージックと、人種混成バンドのパフォーマンスは、それを如実に表現している。
バーンがかつて在籍したトーキング・ヘッズ時代の楽曲も単なる懐メロでは終わらない。歌詞とともに、今鳴らされる意義を噛み締めたい。
困難な時代、至福の「劇場体験」! スクリーンに満天の星を!
最高。心底楽しくて元気が出る。『ストップ・メイキング・センス』から36年、トランプ政権下(当時)の荒廃を受けて手を組んだD・バーン×S・リー。67歳のバーンはやはりグレーのスーツ。ただし白いローカットスニーカーならぬ裸足で。またリーの中編『ロドニー・キング』&『パス・オーバー』も参照したい。BLMのスローガン“ I can't breathe”に至る前者はJ・モネイのカヴァーパートと強烈に響き合う。
スコティッシュのバーンはトーキング・ヘッズの名盤『リメイン・イン・ライト』辺りから「多国籍化」編成を推し進めてきた。この時代にシニカルな態度ではなく、大いなる肯定性を目指しバンドは行進していく!
これはもう、音楽を生み出しながら動く立体作品
ああもうそろそろライブに行きたいよ〜という気持ちに応えてくれつつ、しかも映像作品としても面白い。というのも、このステージ自体がただのライブではなく、演奏/人体の動き/空間使い/が計算し尽くされた、音楽を生み出しながら動く立体作品になっているのだ。それを、スパイク・リー監督がどう撮ったら効果的なのかを考え抜いて撮影しているのだから、面白くないわけがない。
選曲には昔の曲も続々。トーキング・ヘッズの1stアルバムや大ヒットした4th「リメイン・イン・ライト」からの曲もあり、すべての歌詞に字幕があるのもありがたく、デヴィッド・バーンというアーティストがこれまで歩んできた道が想起されたりもする。
スパイク・リーの選択
現代アメリカの人種問題をスパイク・リー監督が描くときに、まさかこういう題材を選んでくるとは思いませんでした。もっとオリジナルな形で来るのかと思っていたもので…。
デヴィッド・バーンとスパイク・リー、そしてブロードウェイとニューヨークが繋いだ点と点が思わぬ線を描きました。
新型コロナの影響で完全停止中のブロードウェイの、かつての賑わいを感じることができる座席を埋める観客の姿も今となっては貴重な姿です。