ナイトメア・アリー (2021):映画短評
ナイトメア・アリー (2021)ライター7人の平均評価: 4.4
階級社会の現実を映し出すデル・トロ流フィルムノワール
かつてタイロン・パワー主演『悪魔の往く町』として映画化されたハードボイルド小説のリメイク。カーニバルの見世物小屋で読心術を修得した野心家の男が、高級ナイトクラブのメンタリスト・ショーで人気を博したところ、その才能に注目した女性精神科医と組んで財界の大物を相手に大胆な詐欺を働く。ギレルモ・デル・トロ監督らしい妖しげな幻想美にノワーリッシュなムードを融合したスタイリッシュな映像美が素晴らしく、’47年版よりも原作に寄せた因果応報の皮肉なクライマックスが、実は伝統的に階級社会であるアメリカのシビアな現実を映し出す。固定された階級の壁は、そう易々と打ち破ることなど出来ないのだ…と。
ハードボイルド世界に蠢く、人間という名の怪物
デル・トロ作品には珍しいハードボイルド。同時代の原作ということもあるが、『郵便配達は2度ベルを鳴らす』にも似た1930年代の猥雑な空気を感じる。
見世物小屋の描写をはじめ映像こそファンタジーの要素は宿るも、基本的には現実に起こり得る話。暗い情熱を抱いて突っ走る主人公の危うさがサスペンスとして機能し、ノワール風の映像と相まって緊迫感を高める。
『キャロル』組の女優陣も素晴らしいが、やはり主演のクーパーの好演が光る。飽くなき野心によって人間性を見失う主人公。デル・トロ作品にモンスターの登場は不可欠だが、本作のそれはまぎれもなく、人間だ。
すべてが集約されるラストがずしんとくる
1947年の「悪魔の往く町」もダークだが、ギレルモ・デル・トロはさらにダークにした。とくに、ラスト。デル・トロによると、この映画は最後の2分についてのもので、そこまではプロローグ。結末は「悪魔〜」も同じなのだが、ひとつ手前であるあそこでピシャッと切ったせいで、よりその意味がずしんと伝わってくる。なぜか賞関係からはすっかり漏れたものの、あの表情をやってみせたブラッドリー・クーパーの演技は見事。デル・トロの趣味満載な不気味さあふれるカーニバルのセットなど、美術、衣装もすばらしい。後半は極力赤を除外し、ショッキングなシーンによりインパクトを与えるなど、さすがマエストロだ。
デル・トロの見世物小屋愛がダダ漏れ!
やりたいことをやりつつ、しっかりエンタメに昇華してるデル・トロ監督だが、今回は『フリークス』&見世物小屋への偏愛がダダ漏れ! 原作の最初の映画化『悪魔の往く町』で主演したタイロン・パワーの愛娘もカメオ出演させるこだわりには頭が下がるなか、おなじみのダークファンタジーではなく、成り上がり系成功物語からのメンタリストVS心理学者のフィルムノワールという2部構成なのが肝。後半の導入は冗長に感じるし、人によっては悪趣味映画にも見えるなか、目を見張る撮影&美術に加え、ファムファタールなケイト・ブランシェットらによる演技合戦で魅せまくる。結果しっかりオスカー候補になるのだがら、あっぱれデル・トロだ。
デル・トロの闇には甘い匂いが宿っている
原作がノワール小説なので、これまでとは違う世界が展開するのかと思ったら、想像以上にいつものギレルモ・デル・トロの世界。特に画面の色彩の、深い緑青色と鈍い銅色の組合せ。前半の移動式遊園地や見世物小屋は、ポスターも小道具も妖しく禍々しいのに、どこか夢幻的な甘さを宿している。
いつものデル・トロの味をたっぷり堪能させてくれるのは、スタッフの顔ぶれからも納得。撮影も編集も衣装もこの監督のファンタジー映画『シェイプ・オブ・ウォーター』と同じ。美術担当は彼のヴァンパイア・ドラマ「ストレイン」と同じ。監督の希望により本作のモノクロ版が限定公開されたとのことで、どんな映画になるのか見てみたい。
描かれる獣人=geekにギレルモのオタク=geek心も宿る
生きた鶏を食らう獣人など見世物小屋の面々を鮮烈に、そして愛おしむように見つめる監督。その世界に不覚にも入り込んだ主人公が、同じ穴の狢(むじな)になっていく甘美なスリル。狂気と人間の本能のスレスレの境界を表現したブラッドリー・クーパーの演技は、もっと高く評価されるべきだろう。
主人公は同じながら、前半と後半でくっきり分かれ、2つの別種のストーリーを楽しむ趣だが、すべてがひとつになった瞬間、人生の真実が無我の境地として立ち現れる。その哀しさ、そして恐ろしさ!
窓外の雪と、暗い室内の横からの淡い照明など、観ているだけで心がとろけるような美しいショットが満載。芸術品としての映像を目の当たりにする。
人面獣心
ギレルモ・デル・トロ監督待望最新作。この人はなかなかやりたい企画が通らない人でもあって、監督作は『シェイプ・オブ・ウォーター』以来とのこと…。
2時間30分の上映時間はやや長さを感じさせる部分もありましたが、隅々までとにかく演技派・曲者が揃っているのでその顔を追っているだけで楽しめます。
前半と後半でお話がガラッと変わり、そのタイミングで現れるケイト・ブランシェットが抜群の存在感を見せてくれます。
主演のブラッドリー・クーパーはすこし映画の空気感に飲まれている部分もありましたが、新境地開拓と言った感じでもあります。