生きる LIVING (2022):映画短評
生きる LIVING (2022)ライター7人の平均評価: 4.3
古典映画のリメイクにもこういう手法があったか!
ご存知、黒澤明監督による不朽の名作を、イギリスへ舞台を移して作られたリメイク版である。ストーリーはオリジナルとほぼ一緒。驚くほど自然にイギリスの物語となっているのは、やはりどこか国民性に似たところがあるからだろうか。しかし何よりの驚きは、時代設定をオリジナルと同時代、画角サイズも4×3のスタンダード、色彩もテクニカラーを限りなく忠実に再現することで、まるで当時のパウエル&プレスバーガーやベイジル・ディアデンなんかの英国クラシック映画を見ているような錯覚に陥ることであろう。なるほど、一口に古典のリメイクといってもこういう手法があったか!と思わず膝を打つ。実に秀逸な仕上がりである。
削ぎ落されたからこそ見える、人間の美しさ
あれ、こんなにあっけない話だったっけ!?……と第一印象で思ったのは、黒澤版が強くこびりついていたせいか。英国映画らしい削ぎ落しの美学は、極端に寡黙な主人公像からも見て取れる。
感情をほとんど表に出さず、静かに“生きる”英国紳士らしさ。日本版のようなエモさはないが、黒澤が描きたかったことを西洋風に咀嚼して簡素化した旨味がイイ。言葉に頼らない好演を見せたビル・ナイは、言うまでもなく素晴らしい。
黒澤の『生きる』こそマスターピースと信じる年配の方には無理に勧めないが、同作を未見の方にはぜひふれて欲しい。前にのめる生き方、すなわち情熱の美が、そこにはあるのだから。
芝居・脚色など、ぐうの音も出ないリメイク
トム・ハンクス主演、ドリームワークスによるリメイクの噂もあったなかでのイケ爺となったビル・ナイ主演によるイギリス版リメイク。老舗「フィルム4」と『キャロル』の「Number9」が共同製作しているだけに、そのクオリティは保証付きであるうえ、当のナイも志村喬とは異なる芝居のアプローチで、「英国紳士になりたかった男」を好演。しかも、このご時世にオリジナルより40分も短くまとめたオリヴァー・ヘルマヌス監督と脚色を務めたカズオ・イシグロの手腕に拍手。ヘヴィなテーマに対して説教臭さもなく、オリジナルが街並みや風俗を捉えた東京映画であるように、しっかりロンドン映画として仕上げた点もポイント高し。
英国式品性の美しさ
極めて良質なリメイク。序盤以外はオリジナルにほぼ忠実。なのに尺が40分も刈り込まれたのに驚く。核心のメッセージ(言わば中島みゆきの「ファイト!」的エール)を大切に守りつつ、丁寧なマイナーチェンジを徹底して行ないナレーションも省かれた。黒澤の『生きる』は重厚でこってり。本作は洒脱かつソリッド。
1953年のロンドンの街並みも最高。郊外の駅からウォータールー駅まで蒸気機関車に乗りLCCへ。カズオ・イシグロの脚色力は当然大きいが、何よりビル・ナイが体現するクラシックな英国紳士の佇まいが求心力となった。「ゴンドラの唄」から「ナナカマドの木」(The Rowan Tree)への変換が象徴的なポイント。
真摯な映画
黒澤明作品のリメイクというのは年々ハードルが上がっていると思うのですが、そんな中で監督のオリヴァー・ハーマナスと脚本のカズオ・イシグロはとにかく真摯にオリジナルに向き合い、英国を舞台にした巧みなリメイク版を創り上げました。そして何より本作でオスカーノミネートのビル・ナイの妙演。ホントに何でもできる人ですね。
上映時間がオリジナルと比べるとグッとタイトになっていて、その分見やすくなっています。どうしても固いイメージ付きまとう映画で腰が引けてしまう人もいると思いますが、もっと気軽な感じでこの作品に触れて見てはいかがでしょうか?
舞台となる1950年代に、心も体も運ばれてしまう
黒澤明監督のオリジナル版に、基本はかなり忠実。重要な役割を果たす小道具が別の使われ方をされるなどアレンジの絶妙さに唸る。143分→103分とコンパクトにしたことで、むしろシンプルに共感しやすいかも。文字どおり、人が「生きる」意味を教えるセリフの数々に深く感銘を受けた。
冒頭のタイトルクレジットから、舞台となる1950年代クラシック映画のスタイルが意識され、たちまちその時代のロンドンにタイムスリップしてしまう感覚。この「つかみ」は上手すぎる!
ビル・ナイは志村喬と違って、激しい感情を内に秘める演技に徹し、余命を宣告された者の悲哀を逆に浮かび上がらせることに成功。このあたりは現代の映画らしい。
このリメイクは作られる意味が十分あった
傑作がリメイクされると聞いて「なぜ?」「やめて!」と思うのは当然。だが、これは作られる意味が十分にあった。黒澤の「生きる」に忠実でありつつ同じではなく、驚くほどスムーズに1950年代のイギリスの話になっている。現代の感性を持ち、日本とイギリス両方の文化を理解している優れたライター、カズオ・イシグロによる脚本のおかげだ。オリジナルの志村喬とは違う、非常に抑制されたアプローチをしたビル・ナイも大きくそこに貢献する。シリアスで重い話の中に繊細な形でユーモア、温かさを入れ込んだ彼の演技は、さすがとしか言いようがない。オリジナル同様、本当の意味で生きるとはどういうことかを考えさせる、すばらしい感動作。