憐れみの3章 (2024):映画短評
憐れみの3章 (2024)ライター8人の平均評価: 4
めくるめく“魅惑の悪意”で作ったロールケーキ
おそらく筆者のように『哀れなるものたち』に快哉を叫んだ向きは、手の込んだ、そのめくるめく“魅惑の悪意”で作ったロールケーキを楽しみつつ、しかし終わってみればどこかバツの悪さが残るのではないか。で、前作に十全にノレなかった方は逆に、「これぞランティモス映画の原液!」と舌鼓を打つはず。
ずばり、Sweet Dreams (Are Made of This)な映画。役者陣を眺めれば、ジェシー・プレモンスが圧倒的にいい。3つのストーリー全て。エマ・ストーン、ウィレム・デフォーらはやや食傷気味か。ランティモス監督にはいっそ最難関の頂き、めくるめく“魅惑の悪意”の大先達ルイス・ブニュエル超えを望みたい。
ウルトラ不条理なランティモスが帰って来た!
このところコマーシャルな作品の続いたヨルゴス・ランティモス監督が、『籠の中の少女』や『ロブスター』の頃の原点に立ち戻った最新作。しかも、今回はそれぞれ全く独立した3つの異なる物語を集めたアンソロジー映画となっている。とはいえ、いずれも現代人の他者や社会との関わり、日常生活におけるパワーバランスと自由への渇望などを、ランティモス監督ならではのウルトラ不条理な視点から風刺しているという点で、実は深い関連性があると言えよう。それは同じキャストが別々の役柄で登場する各エピソードの配役からも窺い知れる。難解な映画と身構えることなかれ。とにかく奇妙でむちゃくちゃ面白い。理解が追い付かなくても問題なしだ。
ヘンテコさの中に、人の本質を探る愉しみ
ハリウッド進出以前のランティモス作品のテイストが戻ってきたような、シュールなつくり。それがオムニバスになったことでヘンテコさに拍車をかける。
3話はいずれも不条理展開で、突拍子のない展開やキャラが直面する気まずさにユーモアが。前作『哀れなるものたち』に見られたフェリーニ風テイストが、ドラマの中により強調されたような空気感も宿る。
飲み込みやすい物語ではないが、長尺でも飽きないし、そこに込められた寓意を探るのも妙味。まったく異なるキャラで全話出演する主要キャストの役回りの変化も解読のヒントになるかもしれない。
背景、動機をあえて曖昧にしたダークで奇妙な寓話
「女王陛下のお気に入り」「哀れなるものたち」は別の人が書いたが、今作はランティモスとエフティミス・フィリッポウの初期コンビで、彼ならではの世界が炸裂。3つの話はどれも非常に奇妙でダーク。キャラクターの背景やモチベーションなどをあえて明確にせず、観客の好奇心をそそり、想像の余地を与える。理屈に合わないことも起こり、なんだかよくわからないのだが、引き込まれ、見終わった後、不思議な余韻に浸ってしまう。グロテスクさ、セックスもあるが、ユーモアもあり。そもそも「Kinds of Kindness」という一見そぐわないタイトルをつけたのも面白い。やはりランティモスは唯一無二のアーティストだと再確信。
ランティモス監督なりの『マグノリア』
『哀れなるものたち』を撮りたいがために、会社の言いなりで『女王陛下のお気に入り』で撮ったヨルゴス・ランティモス監督。「もう誰にも文句は言わせねぇ!」という声が聞こえてきそうな彼の作家性は、もはやポール・トーマス・アンダーソン監督の域に達している。「変わり者さん大集合」という意味でも、“ランティモス監督なりの『マグノリア』”であり、同じく監督の作家性が爆発した『ボーはおそれている』に比べても、感情移入しやすい。ランティモスお得意のエロとナンセンスに、『ローズマリーの赤ちゃん』なホラー要素や『search/サーチ』ばりのサスペンス要素もあり、164分の長尺も飽きさせない。
監督の少々ねじれたユーモア感覚を再認識
原題の Kinds of Kindness 通り、親切のさまざまな種類が描かれるが、ある人物による親切は、別の人物にとっては迷惑でしかない。この監督が『ロブスター』『聖なる鹿殺し』の監督でもあり、そこでも登場人物たちが風変わりな苦境に陥ったことを思い出させる。出来事は悲惨なのに、少々ねじれたユーモア感覚に満ちているのも共通で、やはりこれが監督本来の持ち味か。
と思いつつしかし、ストーリーがどこへ行きつくのか、どう関連するのか気になって、最後まで物語に引き込まれてしまう。ジェシー・プレモンスの微妙な表情に圧倒される。エマ・ストーンの身体が意思とは別に奇妙なダンスを踊る様子から目が離せない。
直近2作がわかりやす過ぎた? 原点回帰の突飛感
オスカー作品賞候補になった前2作は物語、テーマとも受け取りやすい部分があったランティモスだが、これは複雑怪奇な語り口で、観る者を置き去りにすることも辞さず、ユニークなスタイル&演出を貫いたところが潔し!
3つのパートで、共通キャストがそれぞれ別の役を演じることで、無意識レベルでリンクするという離れ技は、かつてない映画的快感(俳優も演じ甲斐があるだろう)。そしてつねに背後に漂う“不穏さ”。挑発的な描写の数々と、聴き心地の良い音楽のアンバランスな魅力…。ひたすら独自の世界に引きずり込むのだが、一方でストーリーを“楽しむ”には、それなりの分析力、覚悟が要求される。ゆえに主観的には星2、客観的に星4。
今のヨルゴス・ランティモスは止められない
映画祭に出せば必ずと言っていいほど、何かしらの賞を受賞し。公開されればアート作品としては十分なほどのヒットを記録しと。目下だれも止められない感のあるヨルゴス・ランティモス監督最新作。かなり癖のある内容の中編3本のアンソロージーなんて、普通なら通りそうもない企画ですが、監督の実績と勢い、そして集結する豪華キャストのおかげですんなり成り立ってしまいました。とは言え前作『哀れなるものたち』からわずか1年ほどのスパンでこれだけの濃い強い映画を作ってこられると何も言えなくなりますね。