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ファーザー (2020):映画短評

ファーザー (2020)

2021年5月14日公開 97分

ファーザー
(C) NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINE-@ ORANGE STUDIO 2020

ライター9人の平均評価: ★★★★★ ★★★★★ 4.6

轟 夕起夫

室内をマルホランド・ドライブやマリエンバートのように

轟 夕起夫 評価: ★★★★★ ★★★★★

映画の磁力がスゴい。観ているうちに、没入したこちらの視神経が剥き出しになってしまうかのよう。演劇界の重鎮、劇作家のフロリアン・ゼレールはこの初監督作で室内劇にこだわりつつ、舞台では出来ないことに多々挑んだのだ(役者陣にはリハーサルを一切行わなかったとか)。

劇中、アンソニー・ホプキンスが実際に好きなビゼーのオペラ曲「真珠採り」(シリル・デュボワのテノール版)を流してみせ、認知症で脳内がバグっていく主人公と本人とを二重写しに。映像的にはデヴィッド・リンチやロマン・ポランスキー経由で、『去年マリエンバートで』(61)的迷宮へといざなってゆく。それにしてもだ……ラストに映るものの残酷な美しさよ!

この短評にはネタバレを含んでいます
なかざわひでゆき

認知症の老人の目に映る不条理な世界に見出す人間の愛おしさ

なかざわひでゆき 評価: ★★★★★ ★★★★★

 高齢者の認知症をテーマにした映画は『恍惚の人』の昔より少なくないが、しかし当事者の視点から認知症患者の世界を描いた作品は珍しいように思う。広いアパートに一人で暮らす老人。しかし、いきなり娘を名乗る知らない女性がずかずかと上がり込んだり、いつの間にか娘夫婦と同居していることになっていたり、誰かが勝手に家の中を模様替えしていたり。主人公も観客もわけが分からず疑心暗鬼に陥っていくわけだが、しかしやがてこれが認知症の老人が日々生きる世界であることに気付かされる。不安と心細さで混乱していく老人。その姿に胸を締め付けられながらも、彼が歩んできた人生に思いを馳せ、人間という存在の愛おしさに涙させられる。

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山縣みどり

老いのリアルが伝わる傑作

山縣みどり 評価: ★★★★★ ★★★★★

老人と彼の世話をする娘の関係性を描く温かな家族ドラマと思いきや、息を呑む方向へ進む。恋人とパリ移住を決めた娘や彼女の別れたはずの夫を複数の役者が演じることで心理サスペンス的な様相も加わるが、徐々に主人公の認知度に問題があることが明らかになっていく。緻密なドラマ構成とオスカーを受賞したA・ホプキンスの演技が非常に素晴らしく、加齢のリアルを見せつける。O・コールマンら脇を固める役者陣も主人公の疑念や怒りを映し出す表情演技を披露し、ホプキンスを見事にサポート。親の介護という現実を知っている人には切ないが、人間の老いとはこういうことだと手にとるようにわかる人間ドラマだ。

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相馬 学

認知症の脳内をミステリーに変換した意欲作

相馬 学 評価: ★★★★★ ★★★★★

 認知症を患う老人の目線で室内劇を展開させる、そんなアイデアが、まず上手い。

 ホプキンスふんする主人公が対峙する女性は本物の娘なのか? 男は娘婿なのか? 介護人の女性は?……事実と幻想を混ぜこぜにすることで、ドラマには強いミステリー性が宿る。屋内の閉塞感も手伝ってスリルは高まり、見進めるほど目が離せなくなる。

 そして何より、ホプキンスだ。ダウナーな気分からタップを踊るほどのハイテンションまで、老人の気難しさから子どものような脆弱さまで、表現の振り幅の広さに驚かされる。わずかな出番で主演として扱われた『羊たちの沈黙』は論議を呼んだが、出ずっぱりの本作は文句なしに主演男優賞級。

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くれい響

サイコ・ホラーな演出に圧倒

くれい響 評価: ★★★★★ ★★★★★

オスカー受賞も納得のアンソニー・ホプキンスが演じるのは、「舞台版」で橋爪功やフランク・ランジェラが演じてきたクセが強い爺さん。彼が住むアパートの部屋を舞台に、さまざまな人物たちが行き来。主人公の混乱を観客も体感する戯曲原作ならでは構成だが、脚色にクリストファー・ハンプトンの名がクレジットされているのも頷ける。それに加えて、随所に流れるビゼーのアリア「耳に残るは君の歌声」が不穏な空気を醸し出すなど、かなりサイコ・ホラーな演出に圧倒される。また、謎の人物の一人がオリヴィア・ウィリアムズだけに、『シックス・センス』ばりのネタバレもあり、終始気が抜けない仕上がりといえる。

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平沢 薫

ふと感じられる微妙な違和感を映像面の演出で描く

平沢 薫 評価: ★★★★★ ★★★★★

 認知症の主人公にとって世界はどのように見えるのか。それを描くに際して、アンソニー・ホプキンス、オリヴィア・コールマンら演技派俳優を揃えつつ、俳優たちの演技力だけに頼ることなく、映像表現の面で何が出来るのかに策を凝らした演出が見もの。
 主人公は、自分が暮らしている部屋の見慣れているはずの光景にふと違和感を覚える。いつもいる部屋が、なぜか見慣れないものになる。あの場所とこの場所の区別が、気づくと曖昧になっている。例えば人物を混同するといった大きな違和感とはまた別の、主人公が感じているそうした微妙な感覚が映像ならではの手法で表現されて、観客も主人公と同じ感覚を味わうことになるのだ。

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村松 健太郎

消えゆく自分と共に

村松 健太郎 評価: ★★★★★ ★★★★★

アンソニー・ホプキンスが史上最高齢でアカデミー主演男優賞を受賞したヒューマンドラマ。この結果はサプライズと納得が同時に感じるという何とも奇妙なものになりました。それだけアンソニー・ホプキンスの演技はちょっとずば抜けた領域のものになっています。
認知症を患った者の視点から描かれる物語は、サスペンス、もっと言うとサイコスリラーに近い肌触りでドキっとさせられるところも多々あります。もとになった戯曲を映像化に合わせて脚色した脚本家チームの手腕も見事で、こちらのオスカー受賞も納得の結果です。

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猿渡 由紀

逃げることなくまっすぐ、かつ人間愛をもって見つめる

猿渡 由紀 評価: ★★★★★ ★★★★★

認知症を本人の視点で見つめるため、まるでミステリーを観ているような混乱を覚える。だからこそ本人がどんどんフラストレーションを募らせ、「何も意味をなさない」とパニックするまでになる気持ちが手に取るようにわかるのだ。結末を知った後に初期の会話を振り返ると、実によく考えられていたことに気づく。頑固でプライドが高くても、老人とはいかに立場的にも、内面的にも、肉体的にも弱いものなのか。ホプキンスの大胆で剥き出しの演技はそれを強烈に、一方でコールマン演じる娘は介護する側のジレンマを率直に伝える。誰にも訪れる厳しい現実を、逃げることなくまっすぐ、かつ人間愛をもって見つめる傑作。

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斉藤 博昭

レクター博士から30年。名優の進化は、ついに神レベルに到達

斉藤 博昭 評価: ★★★★★ ★★★★★

認知症にフォーカスした映画はいくつもあったが、今作は当事者の「視点」で混乱する現実をそのまま観客に突きつけてくる。目の前にいる相手は誰? 自分の意思で動いたはずが、決定的な間違いを犯していたのか…など、リアルな切迫感と恐ろしさは上質なスリラーのようだ。主人公の混乱を、伏線でまとめ上げる脚本も見事。
自分の言動は正しいと自信をもちながら、混濁と闘い、時に笑いを誘う行動もとるという、世紀の難役で、アンソニー・ホプキンスの変幻自在の表現は、もはや「神の域」。演技の良し/悪しの基準は観る人の「感覚」に委ねられるものだが、もしフィギュアスケートのように技術点があるなら、映画史上でも最高ポイントと断言。

この短評にはネタバレを含んでいます
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