ザ・ピーナッツバター・ファルコン (2019):映画短評
ザ・ピーナッツバター・ファルコン (2019)ライター7人の平均評価: 4.3
“プロレス、ちょっといい話”でもある。
毎度おなじみ疑似家族的展開に、マーク・トウェイン作品のオマージュも入り、最終的には“ロードムービー版『マンチェスター・バイ・ザ・シー』”な仕上がり。同日公開だった『37セカンズ』同様、決して押し付けがましくない感動演出も、じんわり染みて心地良い。なかなか感情移入しにくい主人公を演じるシャイア・ラブーフの芝居も控えめで、ロバート・ダウニー・Jr.ばりの復活劇を期待させるほど。プロレスファンにはミック(ジャック)・フォーリー、ジェイク “ザ・スネーク”ロバーツの登場というサプライスもあり、“プロレス、ちょっといい話”繋がりとして、『ファイティング・ファミリー』と、続けて観たくなるはず!
シャイア・ラブーフの演技力を再確認しました
ひょんなことから一緒に旅することになった青年、ザック&タイラーの兄弟愛的な友情がじんと心に沁みた。二人が抱える事情を過剰に説明せず、新たな人生に向けての道のりに焦点を当てた監督の演出が心地いい。タイラーとケースワーカーの間で交わされるザックへの態度をめぐるやりとりなど気づかされる部分も多く、ユーモラスでありながら真面目な作りとなっている。ザックが憧れる元プロレスラーを演じるトーマス・H・チャーチら個性派俳優がずらりの贅沢さだが、タイラー役のシャイア・ラブーフの繊細な演技がひときわ光る。心を許せる相棒を得たことで、彼の荒みが徐々に消えるのがしっかりと伝わる。本当にうまいな〜。
この厳しい世界で弱者はどうすれば幸福を追求できるのか
舞台はアメリカ南部の寂れた田舎。プロレスラーに憧れて養護施設を脱走したダウン症の青年が、心に傷を抱えてやさぐれた漁師と偶然知り合い、夢にまで見たプロレスラー養成学校を目指して大冒険の旅に出る。まるでトム・ソーヤーとハックルベリー・フィンのコンビを彷彿とさせるような、無邪気で豪快で破天荒で、それでいて繊細で優しくて温かな主人公2人の触れ合いに心癒される作品。どこまでも対等に向き合う身体障碍者と落伍者の奇妙な友情を通して、この厳しい世界で弱者はどうすれば幸福を追求できるのか、そんな彼らを周囲はどのように支えるべきなのかを改めて考えさせる。ただの理想主義的なおとぎ話に終始しない姿勢に共感する。
チャーミング!
地味な良品を超える“珠玉度”の高さにびっくり! S・ラブーフが「マーク・トウェインの世界だ」と自己言及的に呟く通り、まさにハックルベリーの素晴らしき変奏。「筏で川下り」を核にした少年性豊かな青年達の旅。米南部ジョージアの風景。カントリー・ブルース。伝統的なテンプレに則りつつ、可愛い“無法者コンビ”のひと夏の物語を開放感溢れるタッチで紡いでいる。
「フロリダへ行く」というモチーフは『真夜中のカーボーイ』を想起するが、ヒロインの絡み方、プロレスのモチーフも良く、登場するキャラに皆嫌味がない。序盤でB・ダーンが言う「そうさ、友達ってのは自分が選べる家族だ」とのキーワードが通奏低音として鳴り続ける。
展開は予想できる。でも、だからこそ気持ちいい
境遇の違う2人が偶然出会い、ある目的で旅を続けるうちに、絆を育み、新しい自分に気づく……と、絵に描いたようなバディムービーなのだが、新鮮さを失わないのは、実際にダウン症の青年が演じる「ひたむきさ」が全編に溢れているから。これまでも『八日目』『チョコレートドーナツ』など同例の作品はあったものの、今作のザック・ゴッツァーゲンには、出会った相手の心を解きほぐす、生来の特殊能力があることが演技から伝わってくる。旅の友となるシャイア・ラブーフも一時期、問題行動を起こした素顔が重なり、役との異常な一体感。映画なのに、どこか現実を観ているような錯覚をおぼえるので、予定調和の展開も優しく受け入れてしまうのだ。
大きな空の下、大きな河をゆっくり下る
暖かな水が流れる大きな河に手作りの小舟を浮かべ、プロレスラーを目指すダウン症の青年と問題を抱えて逃げる男が、旅をする。その光景はある種の「ハックルベリー・フィンの冒険」的世界。蒸し暑い真夏のジョージア州サバンナで撮影された世界は、空も大地も大きく、夜も暖かく、金も所持品もない2人が、それでも生きていけそうな場所に見える。この映画はそんなどこかに存在してほしい世界を見せてくれるのだ。
加えて出演俳優の顔ぶれがシブい。お騒がせ俳優シャイア・ラブーフが、間違いを犯しやすいが根は悪くない男を魅力的に演じ、俳優としての成熟ぶりを発揮。J・バーンサル、B・ダーン、T・H・チャーチがいい味。
純粋に、正直に、心に響く
ダウン症の若者との心のつながりを描く、と聞くと、偽善っぽい、あるいは説教くさい映画だろうと思いがち。実際、筆者もそう斜に構えていたら、そうじゃなかったのである。なぜこんなにまっすぐ心に響くのかと思ったら、主人公ザックが本当にダウン症の青年だったのだ。監督や共演者たちは、現場で、彼のやることにリアクトしつつ映画を作っていったとのこと。だからこんなに自然で正直な映画になったのである。ザックとのシーンがとても多いシャイア・ラブーフは、今作で生まれ変わったような気持ちになったと語っている。実際、今作と「Honeyboy」の彼は最高で、彼はキャリアのルネサンスを迎えたと言っていい。